PGT-A、PGT-SRを希望なさる患者さんの大部分は、体外受精を繰り返したが妊娠できない、流産を繰り返した、染色体の転座が判明したなど、様々な困難を経験し、何とか改善できる方法を知りたいと遺伝カウンセリングを受けられます。
遺伝カウンセリングでは、染色体の説明、染色体のアンバランスが生まれる仕組み、確率、PGTの検査方法、出産に至る確率、検査の問題点など科学的な説明をしたうえで、患者さんと一緒にPGTを行うことで現状が改善できるのかどうかを考えています。
お一人お一人の詳しい状況を分析したうえで、有効性がどのくらいありそうなのかを一緒に考え、検査を受けたたら、その結果を見ながら不妊治療の方針を修正していくことが大切、いつでも一緒に考えさせていただきますので相談してくださいと話しています。
遺伝カウンセラーの話は、どちらかというと科学的な内容がメインで、心理のカウンセラーさんとはかなり異なるのだと思います。
患者さんの状況を科学的に分析して話すことで、自身の状況が整理され問題点などもはっきりさせることができるメリットはあると思います。特に男性のパートナーの方が、初めて自分たちはどのような治療を受けているのか、なぜ困難な状況なのかを理解や納得でき、それからは治療に協力的になるということもあるようです。
カウンセラーの私としては、カウンセリング終了時に、患者さんが次はこのようにしてみようと希望をもって明るい表情になってくださるととてもうれしいです。
遺伝カウンセリングは、自身あるいは家族が何らかの遺伝性の病気にかかっているのだとわかった、あるいはその疑いがあるから検査をしましょう、または、妊娠したけれど、お腹の赤ちゃんに病気があるかどうかが心配という場合に受けることが一般的です。
その場合、もう人として存在している個人あるいは胎児に特定の遺伝性の病気があるかどうか、そうであればどのように対処しようかということが問題です。もう起きてしまっている事象についての相談です。
PGTのカウンセリングは通常の遺伝カウンセリングとは異なる特徴があります。心配の対象が、まだ影も形もないこれからできる受精卵(胚)の染色体や遺伝子だということです。通常の遺伝カウンセリングのように実際に存在する遺伝上の問題を考えるのではなく、起こりうるすべての可能性を考え、それらがPGT検査で検出できるのか、健康に赤ちゃんが生まれてくるのはどのくらいの確率なのかを考える必要があるのです。大げさに言えば、遺伝について学んできたすべての知識を動員して考える必要があります。これはPGTカウンセリングの醍醐味ではあります。
けれども、私が感じている一番の魅力は、PGTカウンセリングは、遺伝の本質、生物の素晴らしさを伝えることが可能な、多分唯一の場面だということです。
私は、小さい時から生き物が大好きでした。最初に進化について興味を持ったのは、多分5歳くらいの時、父から「人間は昔お猿だったんだよ」と言われた時です。びっくりして、「じゃ動物園のお猿も長い時間経つと人間になるの?」と聞きました。そうしたら、「そうはならないと思う」と父は答えました。一体どういうことなの?それから70年近く、私はその延長線上にいます。
大学時代は虫をいっぱい飼っていました。大人になってからは研究所や大学の研究室でマウスを何万あるいは何十万匹も飼って遺伝子の分析をしていました。そうすると、しょっちゅう変わった特徴を持つ奴が目に付くのです。体の各部分のバランスが悪かったり、生まれないはずの毛色だったり、突然変異ですね。私にとって突然変異は普通で当たり前のことです。変異できる特徴があるから単細胞生物から人類にまで進化できたのだし、素晴らしい生物の戦略だと思っています。
しかし、世の中では遺伝性の病気というのはとんでもない事、自分にはかかわりのない事と思われていることが多いようで、その陰で非常につらい思いをしている方がたくさんいらっしゃいます。少しでもその方たちの力になれればと遺伝カウンセラーになるための勉強をしました。
PGTカウンセリングの魅力に話を戻しますと、カウンセリングに来られるカップルは、まだ特定の遺伝病が問題になっているわけではないので、誰にでも起こる染色体の数の異常、また偶然起こる染色体の部分的な構造異常についての説明をします。減数分裂の仕組み(卵子や精子のできる過程)についての説明、染色体異常は高頻度で誰にでも起こることを説明するわけです。
ここで必ず、一組のカップルから出来得る配偶子の種類は無限だ、減数分裂こそが多様性を保証する大切な仕組みなのだという話もします。多様性を保証するからこそ間違い(変異、遺伝性の病気)も起こるのだと。
「あなたの病気は偶然で、たまたまあなたに起こっただけのことです。普通のことです」などという話を病気の患者さんや、お子さんの病気を心配している方に話せば傷つけてしまいます。PGT以外のカウンセリングでこのような話をすることは難しいです。
もし、PGTのカウンセリングを受けてくださった方が、将来何らかの遺伝的な問題に出会ったとき、あのカウンセラーが変異は普通のことと言っていたなと思い出してくださって、少しでも気持ちの整理につながるようなことがあれば、うれしいなと思いながらカウンセリングをしています。
好きな遺伝や生物のすばらしさについての話をするのは楽しいですし、聞いてくださった方の中でたまに、「カウンセラーになるにはどんな勉強をすればよいのですか?」「私も遺伝カウンセラーになりたいです。」と言ってくださる方がいらっしゃるのはカウンセラー冥利に尽きます。