自己紹介

オンライン遺伝カウンセリングルームジーヌ代表。日本で唯一認定遺伝カウンセラーと生殖医療相談士、両方の資格を持つカウンセラーです。長年不妊治療クリニックで遺伝カウンセラーとして多くの患者様の相談をお受けしました。 現在は、不妊治療患者さんのためのオンラインカウンセリングルームジーヌを主宰しています。 特に、PGT-A・PGT-SR検査に関しては、日本産科婦人科学会の認定制度の発足以前より、PGTを希望されるカップル(ご夫妻)延べ5,000組、10,000名にカウンセリング、さらに、PGTの結果として検出されるモザイク胚の移植についての相談も1000件以上受け、多くの健康なお子さんの誕生のお手伝いをさせていただいております。

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2024/10/03

PGT(15). 胚の移植優先順位をどう決めるのか(その2)

    生まれる赤ちゃんの健康リスクが少ない胚

An evidence-based scoring system for prioritizing mosaic aneuploid embryos following preimplantation genetic screening.  F. R. Grati et al. Reproductive Bio Medicine Online Vol. 36Issue 4p442449 Published online: February 1, 2018

沢山のモザイク胚を移植してみて調べるという事はできないので、絨毛検査と流産した胎児の染色体検査の結果をもとにPGTで検出されたモザイク胚移植の優先順位の評価法を考案したという論文です。

72472回の絨毛検査を行い1524件(2.1%)が染色体モザイクでした。そのうち1166件は羊水検査を受け、1011(86.7% )には染色体の異数性は検出されませんでした(胎盤性モザイク)、155件(13.3%)には異数性が検出されました(胎児真正モザイク)。

  

1.栄養膜細胞で検出された異数性モザイクが胎児にも検出されるリスク

 


絨毛検査は栄養膜細胞層と間充式コアを両方の組織を検査するのですが、PGTでは胚盤胞の栄養外胚葉(TE)の検査を行います。PGT検査でモザイクと診断された胚の移植後の影響を検討するためにはTE細胞から発生する栄養膜細胞に異数性が検出された症例を検討する必要があります。

栄養膜細胞に異数性が検出された316件(胎盤にのみ異数性胚が検出された胎盤性モザイク胚280件、胎児にも異数性細胞が検出された胎児真正モザイク胚36件)を選んで、染色体番号毎に栄養膜細胞に異数性が検出された場合に胎児にも異数性細胞が存在するリスクについて検討しました。


.片親性ダイソミー(UPD)のリスク 

片親性ダイソミーとは

遺伝子は父由来、母由来の2つが存在しており、通常はどちらも同じように働いています。ところが、一部の遺伝子は、父から受け継いだときのみ働き、母から受け継いだときには働かない、逆に母から受け継いだときのみ働き、父から受け継いだときには働かないという事が知られています。そのような遺伝子をインプリンティング遺伝子と呼びます。多くのインプリンティング遺伝子は特定の染色体に並んで存在している(インプリント領域といいます)ことが知られています。インプリント領域を持つ染色体の父由来、母由来どちらかが失われたり重複したりする場合には重篤な病気になることが知られています。

生物には染色体の数的異常をもとに戻そうという自己修復の機能があります。トリソミーやモノソミーを修復する際に、父由来の染色体が2本になったり、母由来の染色体が2本になったりすることがあります。それを片親性ダイソミーといいます。片親性ダイソミーになると重篤な症状を持つ赤ちゃんが生まれる可能性があります。そのリスクを推定しました。


絨毛検査の結果のうち片親性ダイソミーが起こる可能性のある6711141516番染色体の異数性が検出された169件について片親性ダイソミーの有無を調べた結果です。

 


3.流産のリスク

3806件の流産組織の検査が行われ、そのうち1242件は結果を得ることができませんでした。残りの2564件中1269件(49.5%)に何らかの染色体異常が確認されました。そのうち正倍数性細胞と異数性細胞のモザイクを示した57件の結果です。4倍体モザイクが14件検出されていますが、検査の際の培養上の問題が原因と考えられます。


4.エビデンスに基づいたモザイク胚移植のリスク評価法

今まで述べた胎児が異数性細胞を持つリスク、片親性ダイソミーのリスク、流産のリスクに異数性を持つ児が出生するリスクを加えて総合的にリスク評価をしました。総合的リスクスコアの高いものほど移植の優先順位は低いという事になります。

 


 

モザイク胚の移植を考える場合大きな不安を感じ躊躇することも多いと思います。

その場合にどのモザイク胚を移植するのが良いのかと優先順位を考えるときの一つの材料としてこのリスク評価を用いることはできると考えます。しかし、比較するとリスクは高い目だという事であって、リスクの高い異数性モザイク胚を移植すると必ず流産になるという事でも、赤ちゃんが染色体異数性を持つという事でもありません。モザイクを移植して着床して育てば、健康な赤ちゃんが生まれるのが大部分です。

 

世界中の報告の中で、今のところ把握されているモザイク胚移植後の不具合は5件です。

1.       正常胚2個移植、出産後1児にPrader-Willi syndromeが確認された。PGTaiで再検査したところ15番染色体の11.2-q13.16Mb の重複が検出された。PGT-Aの結果は正常だが、実は部分的トリソミー15だったということになる。6Mbは通常のPGTでは検出できない。

2.       モザイク率35%2番染色体モノソミーモザイクを移植後、羊水検査では2% トリソミーモザイク2 [mos46,XX(98)/47,XX,+2(2)]、出生児の末梢血検査では2% モノソミーモザイク 2 [mos45,XX,-2(2)/46,XX(98)]、児の健康状態に異常は見られない。

良く知られているのはこの症例。

3.       2個のモザイク胚(1個は15番高頻度トリソミー、20番下端の欠失、1個は高頻度21Xモノソミー)移植後1児を出産。出生前診断では異常はなかったが、出生後授乳障がいがあり母由来 片親性ダイソミー15が判明、児の核型は47, XY,del(15)(q12q23)dndnde novo、原因は15番染色体の中途半端なトリソミレスキューによると推測される。

4.       PGT-Aで検出されたモザイクが、胎児でも検出された2症例

1つは1番染色体短腕部の低頻度部分的モノソミー、 羊水検査でも同じ欠失を検出、知的障害の可能性を理由に中絶、胎児の脳組織でも同じ1番染色体の欠失が認められた。

2つ目は低頻度トリソミー21モザイク胚を移植したところ、絨毛検査、羊水検査共に21トリソミーモザイク、超音波の所見もあったため中絶した。

5.       モザイク率の非常に高いトリソミー18モザイク胚を移植したところ、胎児にトリソミー18の特徴が観察され中絶をした。

 

自然妊娠でも通常の体外受精でも普通にモザイク胚から元気な赤ちゃんは沢山生まれているのだと思います。気づいていないから心配する必要もない。ですが、モザイク胚を移植したという事で大きな不安を抱える方もたくさんいらっしゃいます。妊娠後赤ちゃんを超音波で詳しく調べて異常が見つからず、羊水検査でも異常が検出されなければ心配が軽減できることもあります。移植するかどうか決断するとき、妊娠後不安になるとき、専門家に相談することは大切です。

PGT(14). 胚の移植優先順位をどう決めるのか(その1)

 正倍数性胚が獲得できていれば、正倍数性胚の移植が第一選択です。なかなか正倍数性胚が得られない、あるいは正倍数性胚を移植したがうまく育たなかったという場合に、モザイク胚の移植を考えます。複数の移植可能胚があるならば、どれを移植するのか、移植の優先順位をどのように決めればよいのでしょう。

移植優先順位を決める重要なポイントは、妊娠、出産できる可能性が高い。生まれる赤ちゃんの健康リスクが少ないこの2つです。


  妊娠、出産に至る可能性が高い胚 

PGTは体外受精の補助的な検査ですから、妊娠、出産が一番の目的です。

着床やすい育ちやすい胚とは、染色体が正倍数性であること、グレードが良いことが条件となりますが、正倍数性胚であれば、グレードがかなり低くても十分出産できる可能性はあります。

モザイク胚の場合は、どのようなモザイクなのかという事が影響します。

この影響を調べようと1000個のモザイク胚を移植してその後の経過を分析した研究があります。

Using outcome data from one thousand mosaic embryo transfers to formulate an embryo ranking system for clinical use. Viotti et al. Fertility and Sterility Volume 115, Issue 5, May 2021, Pages 1212-1224

 


モザイク胚を移植すると、正倍数性胚に比較して着床率、妊娠継続率は有意に低く、流産率は有意に高いという事がわかります。

モザイク胚(全体)とは異数性モザイク胚と部分的異数性モザイク胚を合わせたものですが、異数性モザイク胚単独の方が着床率、妊娠継続率は低く、流産率は高くなっています。つまり、部分的異数性モザイク胚の方が、異数性モザイク胚に比べると妊娠継続率は高く、流産率は低いという事になります。

異数性モザイク胚と部分的異数性モザイク胚については、「PGT(13). モザイクの結果は胎児の情報と一致しているのか?」で説明をしています。

モザイク率の違いにより結果は変わるのでしょうか。

 


異数性モザイクの場合はモザイク率が上がるにつれて着床率、妊娠継続率は有意に下がります。部分的異数性モザイクではモザイク率の違いの影響はありません。

 

次に、モザイクの種類ごとに妊娠継続率の比較をしています。

 


モノソミーモザイク(染色体の量が不足している)場合とトリソミーモザイク(染色体の量が多い)場合で妊娠継続率に有意差は検出されませんでした。

どのモザイクも正倍数性胚に比べると妊娠継続率は有意に低いです。関わる染色体の数が増えるにつれ妊娠継続率は下がっていきます。多染色体とは3か所以上の染色体にモザイクが検出された場合を示しています。

 

部分的異数性胚の場合は異数性を示す染色体の数が変わっても妊娠継続率に影響がないことが示されました。

 

異数性を示す染色体の数に加えモザイク率の影響も加味した結果です。

モザイクの中では部分的異数性モザイクの妊娠継続率は高く、異数性モザイクでは異数性を示す染色体の数が増えるにつれ妊娠継続率は下がり、低頻度モザイクの妊娠継続率に比べ高頻度モザイクの妊娠継続率は有意に低いことが示されました。

ただし、高頻度多染色体モザイクであっても、13.2%は妊娠継続できていることに注意を払う必要はあります。

 

以上の結果を総合して提唱されたのが以下の移植優先順位となります。

低頻度モザイクはモザイク率50%未満、高頻度モザイクはモザイク率50%以上です。

 

生まれる赤ちゃんの健康リスクが少ない胚の選択については、次項 「 PGT(15).胚の移植優先順位をどう決めるのか(その2)」で述べます。

 

 

 

 

2024/09/22

PGT(13). モザイクの結果は胎児の情報と一致しているのか?

 PGTは胚盤胞の将来胎盤になる部分、栄養外胚葉(TE)の細胞を採取して検査をします。将来胎児になる(内部細胞塊 ICM)の細胞を採取するわけではありません。TE細胞で行った検査の結果が、ICMの情報と一致しているのだろうか? みんなが疑問に思うことです。それを確認しようと行った研究について紹介します。



モザイクの分類方法

A.  モザイクの程度による分類

検査の結果、混ざっている異数性細胞の割合(モザイク率)が20%(検査会社によっては30%の場合もあります)未満のものを正倍数性胚、80%(検査会社によっては70%)以上のものを異数性胚、20%以上80%未満のものをモザイク胚と判定します。モザイクをさらに以下のように分類します。

  高頻度モザイク(High Level Mosaic)

モザイク率50%以上80%未満

  低頻度モザイク(Low Level Mosaic)

モザイク率50%未満

場合によっては20-30%を低頻度モザイク、30-50%を中頻度モザイクということもあります。


B.  関わっている染色体の領域の大きさによる分類 

   異数性モザイク(Aneuploidy Mosaic)

1本の染色体全体、一本単位の染色体の増減を持つ細胞が混ざっているモザイク。

何番かの染色体が3本ある細胞が混ざっていれば何番トリソミーモザイク、4本ある細胞が混ざっていれば何番テトラソミーモザイク、1本しかいない細胞が混ざっていれば何番モノソミーモザイクといいます。

   部分的異数性モザイク(Segmental Aneuploidy Mosaic)

染色体一本全体ではなく、染色体の一部分が増減している細胞が混ざっているモザイク。

何番染色体部分トリソミー、何番染色体部分モノソミーというように表現します。



PGT結果とICMの情報は一致しているのか 


  異数性モザイク(Aneuploidy Mosaic)の場合

出典

Capalbo A et.al  Mosaic human preimplantation embryos and their developmental potential in a prospective, non-selection clinical trial.   Am J Hum Genet. 2021 Dec 2;108 (12):2238-2247. doi:10.1016/j.ajhg.2021.11.002. Epub 2021 Nov 18. PMID: 34798051

胚盤胞をICMと4つのTE細胞塊、合計5検体に分けてPGT検査を行い、TE4検体のうちの1つを参照検体とし、染色体毎に参照検体と同じ結果がほかの4検体でも確認できるのかどうかの検討を行いました。





73胚盤胞✕5検体=365回のPGTを行い、73胚盤胞✕22本の染色体✕4回=6424回の比較検討を行った結果をICMの結果が正倍数性の場合と異数性の場合に分けて表にしたものです。

PGT検査結果が正倍数性胚ならば99.6%、低頻度、中頻度モザイク(モザイク率50%以下)なら95%以上の確率で検出された異数性はICMおよび他の3検体では検出されていません。

検査結果が異数性であれば98%の確率でICMも他の3検体も異数性です。

モザイク率50%以上の高頻度モザイクの場合、65%はICM異数性なのですが、35%はICM正倍数性を示します。移植には危険が伴いますが、健康な子が生まれる可能性もなくはない。ほかに移植可能胚が見つからない場合には非常に悩ましい状況です。ただし下の図で示すように、モザイクのうち高頻度モザイクが出現する頻度は1.6%と高くはありません。



  部分的異数性モザイク(Segmental Aneuploidy Mosaic)の場合

部分的異数性モザイク胚の移植後の着床率、妊娠継続率は高く、モザイク率による差も認められません。異数性モザイクの場合とは異なります。背景には異数性と部分的異数性の発生メカニズムに違いがあると考えらえられます。

 

Viotti et al. Fertility and Sterility Volume 115, Issue 5, May 2021, Pages 1212-1224 より作成

 

部分的異数性と診断された胚のICMは正倍数性のことも多い

出典

Girardi L et al. Incidence, Origin, and Predictive Model for the Detection and Clinical Management of Segmental Aneuploidies in Human Embryos. Am J Hum Genet. 2020 Apr 2;106(4):525-534. doi: 10.1016/j.ajhg.2020.03.005. Epub 2020 Mar 26.MID: 32220293



異数性モザイク胚の検証と同様、部分的異数性胚(モザイクではない)と診断された胚を4つのTEとICMに分けて検査をした結果です。

正倍数性胚、異数性胚と診断された場合には98%以上の確率ですべての検体の結果は一致していました。ですが、部分的異数性と診断された場合、すべての検体の検査結果が一致する確率は32.1%、他の67.9%はモザイクという事になります。部分的異数性と診断されても半数以上がICMは正倍数性です。

という事は、部分的異数性モザイクと診断された場合には胚全体のモザイク率はさらに低いという事になり、より多くのICMは正倍数性であると考えられます。これが、部分的異数性胚の移植後の成績が良いという事につながっているのではないでしょうか。

つまり、異数性細胞(1本単位の染色体の増減)のほとんどは卵子の減数分裂の際に起きた染色体の分配異常が原因で生じているので、胚全体に均一に分布している。

部分的異数性の場合は受精後の体細胞分裂の際に生じるので、胚全体に一様に分布しているわけではなくモザイクとなる。さらにPGTで部分的異数性モザイクだと検出されるのはモザイク率がより低い場合であり、移植後の生育に大きな影響を与える可能性は高くはない。このように考えられるのかと思います。

注意が必要な点としては、妊娠中、出生後に見つかる染色体の部分的な異数性はPGTで検出できる感度よりも小さいサイズの染色体の増減であり、PGTにより見分けることはできないという事です。モザイク胚の移植を考える場合にも病気の原因となることが知られている領域が関わるモザイクについては注意を払う必要はあると考えます。

2024/09/11

PGTⅫ. モザイク胚とは

 以前に、PGT技術が進化し、次世代シークエンサーを用いることで検査精度が高くなったと述べました。しかし、精度が上がったことにより新たに生じたのがモザイクの問題です。PGTは染色体正倍数性胚と染色体異数性胚を見分けることを目的としているのに、正倍数の染色体を持つ細胞と異数性を持つ細胞が混ざっているモザイクだという判定が出るのです。モザイク胚の移植後健康な赤ちゃんが生まれた例は沢山あるのですが、正倍数性胚とは判定されなかった胚を移植するのには大きな不安が付きまといますよね。


正倍数性胚、異数性胚

通常ヒトの体の細胞には1番から22番までの常染色体が各1対44本と、女性の場合はX染色体2本、男性の場合はXとY染色体の2本、合計46本の染色体が存在します。これを正倍数、検査した細胞全てが正倍数の染色体をもっていれば正倍数性胚といいます。

正倍数とは異なる染色体数を持つものを異数性、検査した細胞が全て異数性であれば異数性胚となります。

日本産科婦人科学会の認定施設で行うPGT検査の結果も以下のカテゴリーに分類されます。

  1. 常染色体が正倍数性である胚(性染色体については開示されません)
  2. 常染色体の数的あるいは構造的異常を有する細胞と常染色体が正倍数性細胞とのモザイクである胚
  3. 常染色体の異数性もしくは構造異常を有する胚
  4. 解析結果の判定が不能な胚


モザイク胚出現の背景

染色体異数性胚の大部分は卵子や精子が作られる際(減数分裂といいます)染色体の分配の間違いが起こると考えられます。もともと卵子あるいは精子の染色体が正倍数ではないので、受精後の細胞分裂でも染色体の数的異常は維持され、ほとんどの細胞が異数性を持つ染色体異数性胚に成長していきます。

一方、大部分のモザイク胚は親由来の卵子、精子の染色体は正倍数です。受精後の細胞分裂(体細胞分裂といいます)の過程で一部の細胞に染色体の分け間違いが起こり、その細胞の子孫の細胞は染色体異数性細胞になります。結果として、染色体正倍数性細胞と異数性細胞の混ざったモザイク胚へと成長していきます。


モザイク胚の出現頻度

受精後モザイク胚の頻度は成長に従って減少します。分割期胚では70%以上の胚がモザイクだとの報告があります。胚盤胞では2-50%、着床時には2%ですがその大部分は胎盤に限定されたモザイク、胎児にモザイクが検出される確率は1%以下です。モザイク胚の大部分は出生児には結びつかないということのようです。

日本産科婦人科学会の臨床研究では検査した42,529個の胚盤胞のうち11.7%がモザイク胚と判定されています。


モザイクの胚の移植

研究参加者の同意を得たうえで、検査施設で正倍数性胚、低頻度モザイク、中頻度モザイクと診断された胚の検査結果をすべて正倍数性胚として移植施設に返却、区別せずに移植を行った結果。

妊娠率、流産率、出生率、全ての項目について有意差は見られません。

妊娠中、出産後の児の健康についても片親性ダイソミー(UPD)も含め、特筆すべき結果は検出されませんでした。

この結果をもとに、各カテゴリーの移植可能胚全てを移植した場合について累積出産率を試算したのが下の図です。

移植可能胚全てを移植した場合、モザイク率30%以上のモザイク胚の移植を避けた場合、モザイク率20%以上のモザイク胚の移植を避けた場合の3カテゴリーに分けて試算しています。

モザイク胚の移植を避けると生まれてくる赤ちゃんの数は減ってしまいます。


出典

Mosaic human preimplantation embryos and their developmental potential in a prospective, non-selection clinical trial

Capalbo A et.al  Am J Hum Genet. 2021 Dec 2;108 (12):2238-2247. doi: 10.1016/j.ajhg.2021.11.002. Epub 2021 Nov 18. PMID: 34798051


モザイク胚移植後の不安

PGTを行うことで流産や治療の負担を減らすことはできますが、モザイク胚の移植を避けてしまうことで生まれるはずの赤ちゃんが生まれなくなってしまったり、モザイク胚を移植したことで赤ちゃんの健康について大きな不安を感じてしまったりということが起こります。

モザイクは検査上の擬陽性の場合もあるでしょう。モザイク胚から元気な赤ちゃんが生まれることは自然界でも普通に起きていることなのでしょう。けれど、検査を受けなければ気付くことのなかった、モザイク胚の移植という心配が持ち上がる可能性もあるということは検査を受ける前によく考えていただく必要があります。

モザイク胚の移植については臨床遺伝専門医と相談をすることとなっています。モザイクの状況は胚毎に異なります。移植するかどうかの選択も患者さん一人一人の状況によって異なります。移植前に詳しい遺伝カウンセリングを受け納得したうえで移植するかどうかを決めることはとても大切です。妊娠後の検査についてもすべてがわかるとは限りませんが、提案させていただくこともできます。一人で思い悩まずに専門家に相談なさることをお勧めします。

2024/08/03

PGT-A・PGT-SRカウンセリングの魅力

 PGT-A、PGT-SRを希望なさる患者さんの大部分は、体外受精を繰り返したが妊娠できない、流産を繰り返した、染色体の転座が判明したなど、様々な困難を経験し、何とか改善できる方法を知りたいと遺伝カウンセリングを受けられます。

遺伝カウンセリングでは、染色体の説明、染色体のアンバランスが生まれる仕組み、確率、PGTの検査方法、出産に至る確率、検査の問題点など科学的な説明をしたうえで、患者さんと一緒にPGTを行うことで現状が改善できるのかどうかを考えています。

お一人お一人の詳しい状況を分析したうえで、有効性がどのくらいありそうなのかを一緒に考え、検査を受けたたら、その結果を見ながら不妊治療の方針を修正していくことが大切、いつでも一緒に考えさせていただきますので相談してくださいと話しています。

遺伝カウンセラーの話は、どちらかというと科学的な内容がメインで、心理のカウンセラーさんとはかなり異なるのだと思います。

患者さんの状況を科学的に分析して話すことで、自身の状況が整理され問題点などもはっきりさせることができるメリットはあると思います。特に男性のパートナーの方が、初めて自分たちはどのような治療を受けているのか、なぜ困難な状況なのかを理解や納得でき、それからは治療に協力的になるということもあるようです。

カウンセラーの私としては、カウンセリング終了時に、患者さんが次はこのようにしてみようと希望をもって明るい表情になってくださるととてもうれしいです。

 

遺伝カウンセリングは、自身あるいは家族が何らかの遺伝性の病気にかかっているのだとわかった、あるいはその疑いがあるから検査をしましょう、または、妊娠したけれど、お腹の赤ちゃんに病気があるかどうかが心配という場合に受けることが一般的です。

その場合、もう人として存在している個人あるいは胎児に特定の遺伝性の病気があるかどうか、そうであればどのように対処しようかということが問題です。もう起きてしまっている事象についての相談です。

 

PGTのカウンセリングは通常の遺伝カウンセリングとは異なる特徴があります。心配の対象が、まだ影も形もないこれからできる受精卵(胚)の染色体や遺伝子だということです。通常の遺伝カウンセリングのように実際に存在する遺伝上の問題を考えるのではなく、起こりうるすべての可能性を考え、それらがPGT検査で検出できるのか、健康に赤ちゃんが生まれてくるのはどのくらいの確率なのかを考える必要があるのです。大げさに言えば、遺伝について学んできたすべての知識を動員して考える必要があります。これはPGTカウンセリングの醍醐味ではあります。

けれども、私が感じている一番の魅力は、PGTカウンセリングは、遺伝の本質、生物の素晴らしさを伝えることが可能な、多分唯一の場面だということです。

私は、小さい時から生き物が大好きでした。最初に進化について興味を持ったのは、多分5歳くらいの時、父から「人間は昔お猿だったんだよ」と言われた時です。びっくりして、「じゃ動物園のお猿も長い時間経つと人間になるの?」と聞きました。そうしたら、「そうはならないと思う」と父は答えました。一体どういうことなの?それから70年近く、私はその延長線上にいます。

大学時代は虫をいっぱい飼っていました。大人になってからは研究所や大学の研究室でマウスを何万あるいは何十万匹も飼って遺伝子の分析をしていました。そうすると、しょっちゅう変わった特徴を持つ奴が目に付くのです。体の各部分のバランスが悪かったり、生まれないはずの毛色だったり、突然変異ですね。私にとって突然変異は普通で当たり前のことです。変異できる特徴があるから単細胞生物から人類にまで進化できたのだし、素晴らしい生物の戦略だと思っています。

しかし、世の中では遺伝性の病気というのはとんでもない事、自分にはかかわりのない事と思われていることが多いようで、その陰で非常につらい思いをしている方がたくさんいらっしゃいます。少しでもその方たちの力になれればと遺伝カウンセラーになるための勉強をしました。

PGTカウンセリングの魅力に話を戻しますと、カウンセリングに来られるカップルは、まだ特定の遺伝病が問題になっているわけではないので、誰にでも起こる染色体の数の異常、また偶然起こる染色体の部分的な構造異常についての説明をします。減数分裂の仕組み(卵子や精子のできる過程)についての説明、染色体異常は高頻度で誰にでも起こることを説明するわけです。

ここで必ず、一組のカップルから出来得る配偶子の種類は無限だ、減数分裂こそが多様性を保証する大切な仕組みなのだという話もします。多様性を保証するからこそ間違い(変異、遺伝性の病気)も起こるのだと。

「あなたの病気は偶然で、たまたまあなたに起こっただけのことです。普通のことです」などという話を病気の患者さんや、お子さんの病気を心配している方に話せば傷つけてしまいます。PGT以外のカウンセリングでこのような話をすることは難しいです。

もし、PGTのカウンセリングを受けてくださった方が、将来何らかの遺伝的な問題に出会ったとき、あのカウンセラーが変異は普通のことと言っていたなと思い出してくださって、少しでも気持ちの整理につながるようなことがあれば、うれしいなと思いながらカウンセリングをしています。

好きな遺伝や生物のすばらしさについての話をするのは楽しいですし、聞いてくださった方の中でたまに、「カウンセラーになるにはどんな勉強をすればよいのですか?」「私も遺伝カウンセラーになりたいです。」と言ってくださる方がいらっしゃるのはカウンセラー冥利に尽きます。

 

2024/07/13

遺伝カウンセリングルーム ジーヌ紹介

 不妊治療の患者様のためのオンライン遺伝カウンセリングルーム ジーヌを開設しています。

全国どこからでもご都合の良い時間にカウンセリングを受けていただくことが可能です。

不妊治療は治療法、検査などの選択肢も多く、また必ずしも順調に進むとは限りません。 妊娠できる期間も限られており、自分はどんな治療を受けるべきなのか迷い焦ることも多いのではないでしょうか。

認定遺伝カウンセラー®は妊娠や出産にかかわる年齢の影響、リスクなどについて科学的な知識をお伝えする中で、治療選択についても一緒に考えさせていただく専門職です。認定遺伝カウンセラー®は現在全国に388名(2024年3月現在)いますが、不妊治療分野のカウンセリング経験が豊富なカウンセラーはごくわずかです。

 年齢にかかわらず体外受精がうまくいかない、流産を繰り返す背景に染色体が関わっている場合も多いです。治療が思うように進んでいない場合などに、治療や検査の状況について相談いただき、PGT-Aを含め、治療継続の方向性を一緒に考えさせていただくのは患者さんの負担を減らすうえで役に立つと思います。

知識と経験が豊富な専門家に相談してみませんか?

じっくり時間をかけて相談していただくことで、ご自身が納得して治療を受けていただくお手伝いが出来ればと願っております。

 

不妊治療を受けようかどうか決めかねている方、お腹の赤ちゃんの病気を心配する方、出生前検査やPGT-Aの結果の解釈に迷う方、モザイク胚の移植の可否、移植後の不安について、妊娠中に何らかの異常を指摘され心配など、ご相談いただきましたら一緒に考えさせていただきます。


詳しくはホームページをご覧ください。

遺伝カウンセリングルーム ジーヌ

https//www.gene.nanopolytec.org/

 


2024/07/01

PGT Ⅺ. 現在行われているPGT-Aをどう評価するか

 前回まで発表した論文について解説してきました。

論文で以下の2点が明確にできたと考えています。

  初めてIVFを受ける患者さんであれ、事前にIVF不成功経験のある患者さんであれ、背景にかかわらず、全年齢にわたって、PGT-Aを受けた患者さんは受けなかった患者さんと比較すると、移植あたりの臨床妊娠率は有意に高く、臨床妊娠後の流産率は有意に低い。

これは海外の大規模RTC(後方視的ランダム化比較試験)では確認できなかったことです。技術力が一定以上に達していなければ、この結果は得られないと考えます。 

  初めてIVFを行う患者さんにとってはPGT-Aは必要性の高い技術ではない。しかし、IVF不成功経験のある患者さんにとっては負担を軽減できる有効な方法である。

                        

現在、PGT-Aは、産科婦人科学会の取り決めで、反復する体外受精胚移植の不成功の既往を有する不妊症の夫婦及び、反復する死流産の既往を有する不育症の夫婦を対象として全国223施設(2024年6月30日現在)で行われています。

 

臨床実施に先立ち2019年~2022年に、全国約200施設で行われた、日本産科婦人科学多施設臨床研究の結果が、論文として発表されています。

Preimplantation genetic testing for aneuploidy and chromosomal structural rearrangement: A summary of a nationwide study by the Japan Society of Obstetrics and Gynecology

Iwasa et.al Reprod Med Biol. 2023 May 31;22(1):e12518

その結果を私の発表した論文の結果と比較してみました。

反復する体外受精胚移植の不成功の既往と反復する死流産の既往ですから、私の論文のIVF不成功者グループと比較するのが良いと思います。

結果を表にまとめました。

結果に大きな差はないですね。

ここから現行のPGT-Aについて以下のように考えます。

  全体としてみれば、技術的水準は高い。

臨床研究が約200施設、現在PGT-Aを行っているのが223施設ですから、ほとんどの施設は臨床研究にも参加していたと思われます。施設ごとの技術力の差はあったかもしれませんが、全体としてみれば技術水準は高く維持されています。

  対象を、2回以上の体外受精胚移植の不成功と、2回以上の死流産の既往に限定していることについても、私の発表論文で示したように、IVF治療がうまくいっていない患者さんにPGT-Aは有効なわけですから、不必要なPGT-Aが繰り返されることを防ぐうえで、一律に現在の対象に限定しているというのは、適切であろうと考えます。

  基準に当てはまらなくてもPGT-Aの有効性が高い場合も多い。その方たちがPGT-Aの対象にならないということは起きます。本来は、患者さん毎に個別に丁寧なカウンセリングを行い、PGT-Aの有効性、可否を患者さんと相談して決めるのが理想です。しかし、現状では各施設の経験も知識も力量も不足しています。 

高額の費用負担が必要なため、有効性が高いと考えられる患者さんも、PGT-Aを受けることを躊躇してしまっています。現在、一部の施設で行われている先進医療Bの結果が出て、多くの施設で保険診療との混合診療が可能となれば、費用面でも検査を受けやすくなります。そうなることを願っています。

日本でPGT-Aの経験が積まれて、適切で丁寧な遺伝カウンセリングが行なえるようになることを願っています。


2024/06/26

PGT Ⅹ. 累積出産率の比較(発表論文より)

 移植当たり、採卵当たりではなく、長期的視野で見た場合のPGT-Aの有効性を評価しようと累積出産率(時間経過とともにどのくらいの割合の患者さんが一人目の子を出産するのか)について、初回IVFグループと事前IVF不成功グループについて、それぞれ年齢グループ別、PGT-Aの有無別に比較しました。

 









結果

全年齢層で初回IVFグループはPGT-Aを行わない場合の累積出産率の方が高い傾向がみられ、逆にIVF治療不成功経験者のグループではPGT-Aを行った場合の方が累積出産率は高い傾向がみられました。ただし、有意差が認められたのは35歳以下の初回IVF患者グループの場合と、38歳-40歳のIVF不成功経験者グループの場合のみでした。

 

 

今回の研究で明らかになったこと

 

   初めてIVF治療を開始しようとする患者さんに初めからPGT-Aを薦める必要はない。 

Ÿ 初回IVFグループではPGT-Aを受けなくても54.4%の患者さん、特に若い患者さんの場合、35歳以下では76.6%、35-37歳では57.9%が1回目の採卵後、1~2回の移植でほぼ流産せずに出産できている。

Ÿ 全ての年齢層でPGT-Aを行わないグループの累積出産率が高い。

Ÿ 出産に至るまでの期間はPGT-Aを行わない方が短い。

 

   初めてのIVF治療を開始し、1回目の採卵後、獲得できた胚を移植しても出産に至らなかった場合には、次の採卵からはPGT-Aの有効性はあると考えられる。PGT-Aを行うと移植に進めない患者は多くなるが、繰り返す移植の失敗、妊娠後の流産を減らすことができるので、患者の負担を軽減することができる。

Ÿ   技術力の高い施設でPGT-Aを行えば、PGT-Aを行うことで、移植当たりの妊娠率は上がり、流産率は低下する。

Ÿ   PGT-Aを行っても、行わなくても、採卵回数に違いはない。

Ÿ   PGT-Aを行うと移植できる患者は減り、移植回数も減少するが、移植した患者当たり、あるいは、移植周期毎の出産率は高くなる。

Ÿ   PGT-Aを行った場合、行わない場合に比べ累積出産率が高い傾向がみられる。特に38-40歳では有意に高くなっている。

 

   いずれにせよ患者本位の丁寧なカウンセリングは必須である。

 

   研究の限界

Ÿ   単に1治療施設の患者さんの治療報告であり、グループの毎の患者数に大きな違いがある。個々の患者さんの詳しいバックグラウンド情報も整理されていない。

Ÿ   第一子出産までの研究であり、もし、染色体情報の良い胚を複数確保できていれば、第2子、第3子につながる可能性もある。PGT-Aを受検する患者さんには複数の移植可能胚を確保しようとする傾向があり、それが治療期間を長引かせている原因である可能性もある。PGT-Aの真の有効性を論じるのであれば、患者さんの全生殖期間にわたる有効性の研究が必要となる。

 

 

2024/06/25

PGT Ⅸ. PGT-A受検前後の患者負担の比較(発表論文より)

 事前IVF不成功経験のある患者さん702名の、PGT-A受検前後の経過を比較しました。



PGT-A前後で平均採卵回数に差はありませんでした。



PGT-Aを行うと胚盤胞まで育っても、PGT-Aの結果移植可能胚が見つからないということが起こります。年齢が上がるにつれて移植胚が見つからず移植できずに治療終結する患者さんの割合は増加します。42歳以上の患者さんでは138人中22人(15.9%)の患者さんのみ移植することが出来ました。



移植した患者さんの平均移植回数です。PGT-A後の平均移植回数は1.2回、年齢によって差はありません。移植を繰り返すということは無くなりました。

 



702名中428名がPGT-A受験前は流産を繰り返していたのですが、PGT-A受検後流産した患者さんは28名、流産をした患者さんの平均流産回数は1.14回。流産はほぼ防ぐことが出来ています。



IVFを行い、移植の不成功、流産を繰り返した出産経験のない702名の患者さんが、PGT-Aを受検した結果、4年間に251名(35.8%)が出産することが出来ています。

 

考察

同一の患者さんのPGT-A受検前後の経過を比較できたということは貴重なデータと言えます。

平均採卵回数に違いはないですが、移植回数、流産回数を有意に減らせたということは明らかで、患者さんの負担は軽減されています。

出産経験のない多くの患者さんが出産できているのは事実ですが、これはPGT-Aを行ったから出産できたのだと考える根拠にはならないと考えます。PGT-Aを行わなくても治療継続することで出産できた可能性も十分あります。また、PGT-A受検前の治療経過、期間等については採卵回数、移植回数、流産回数以外は把握できていませんので、出産にかかわるPGT-Aの影響を検討することはできません。

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