自己紹介

オンライン遺伝カウンセリングルームジーヌ代表。日本で唯一認定遺伝カウンセラーと生殖医療診断士、両方の資格を持つカウンセラーです。長年不妊治療クリニックで遺伝カウンセラーとして多くの患者様の相談をお受けしました。 現在は、不妊治療患者さんのためのオンラインカウンセリングルームジーヌを主宰しています。 特に、PGT-A・PGT-SR検査に関しては、日本産科婦人科学会の認定制度の発足以前より、PGTを希望されるカップル(ご夫妻)延べ5,000組、10,000名にカウンセリング、さらに、PGTの結果として検出されるモザイク胚の移植についての相談も1000件以上受け、多くの健康なお子さんの誕生のお手伝いをさせていただいております。

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2024/06/17

PGT Ⅴ. PGT-A 海外での有効性の評価

 検査方法が進化し、胚盤胞バイオプシ―、アレイCGH・NGS法によりPGT-A検査の精度が上がったので、PGT-Aの有効性が明確になるとの期待のもと、多くの論文が発表されましたが、いまだに有効かどうかの議論に決着はついていません。

 

RTCランダム化比較試験

論争の終結を目指した行われた2つの多国籍、多施設のRTC(研究の対象者を、PGT-Aを行うグループと行わないグループにランダムに分け比較検討する研究方法)の結果からはPGT-Aの有効性は明確になりませんでした。

  胚盤胞バイオプシ―、NGS法で行われたSTAR研究  (Single Embryo Transfer of Euploid Embryo)では、PGT-Aを行った場合と行わない場合で、治療毎、あるいは移植毎の妊娠継続率、着床率、流産率に差はなかった、PGT-Aが体外受精の経過を改善できるとは言えないとの結論でした。

    ただし、この研究は胚盤胞が2個以上獲得できた比較的年齢の若い(33.7±3.6歳)経過良好患者が研究対象であることに注目する必要があります。また、比較的高齢患者(35-40歳)では優位に出産率が上がっていたこと、クリニック事、検査施設ごとの差は大きかったということが報告されています。(Munne et.al  Fertility and Sterility® Vol. 112, No. 6, December 2019)

  極体を用いアレイCGHで行われたESTEEM研究  (ESHRE Study, into the evaluation of oocyte Euploidy by microarray analysis)では、1年間の研究期間において、PGT-Aグループでは移植に至った患者数、流産率は有意に少なかったが、PGT-Aの有無により出産率に差はなかった。

この研究は比較的年齢の高い(38.6±1.4歳)患者が対象となっており、PGT-Aグループは1個胚移植を行った割合が高く、移植回数、移植胚の数あたりの出産率は有意に高く、双胎の割合は低いということも報告されていて、患者の負担を軽減できているという意味での効果はあると考えられます。(Verpoest et.al  Human Reproduction, Vol.33, No.9 pp. 1767–1776, 2018)


IVFのデータベースを用いた研究

英国及び米国のデータベースを用いてPGT-Aの有効性を検討した論文があります。

研究結果には大きな隔たりがあります。

   英国のUnited Kingdom (UK) Human Embryology and Fertilization Authority (HFEA) data collectionを用いた研究では、すべての年齢層でPGT-A実施グループの移植胚数は少なく、治療周期あたり・移植周期あたり共に出産率が高く、PGT-Aの効果は明確だと結論付けられています。コメントとして、PGT-Aグループの成績が良いのは技術力の高い施設で行われているからかもしれないと考察されています。(Sanders et.al  Journal of Assisted Reproduction and Genetics (2021) 38:3277–3285)

   米国のSociety for Assisted Reproductive Technology Clinic Outcome Reporting System (SART CORS) database を用いた研究では、多胎率、流早産率は下がり、移植当たりの出産率は上がるが、40歳以下の患者では治療周期当たりの出産率は有意に減少する。これはバイオプシ―時の胚の損傷、モザイク胚の非移植の影響の可能性があると報告しています。(Kucherov et.al  Journal of Assisted Reproduction and Genetics (2023) 40:137–149 )

この2つの研究で結果が異なる原因の一つとして、英国と米国でPGT-Aを受ける患者の割合が大きく異なるということがあげられると思います。英国の統計ではIVF治療患者の1.3%がPGT-Aを受けているにすぎませんが、米国の統計では26.5%です。


長年PGT-Aの有効性については世界中で議論が続けられてきましたが、結論は出ていません。

米国やヨーロッパの学会では、「有効性を証明できるような信頼性の高い報告はない。PGT-Aを日常的な検査として行うことは推奨できない」と表明しています。

PGT-Aは単純に、「検査をすればIVF治療の成績を上げることができる」というような検査ではないということがわかってきたのだと思います。胚に手を加えれば傷む、どのような医学上の検査や治療も必要な人には重要だけれど、必要のない人には害になるというのは当然ですよね。

施設毎の技術力の違いは結果に大きく影響します。技術力の高い施設で治療を行えば、出産率はPGT-Aをしない場合に比べて低下することはないでしょう。

技術に問題がなければ、メリットは移植当たりの着床率の上昇、流産率の低下、何回も着床の可能性のない染色体異数性胚を移植に時間を費やす必要はなくなります。着床すれば、その後の流産は年齢にかかわらず減少します。これらは特に高齢の方にとっては大きなメリットとなります。

事前のカウンセリングで、患者さん自身にとってのメリット、デメリットを丁寧に検討する中で、PGT-Aを受けるか受けないのか決断することが大切です。

2024/06/05

PGT Ⅳ.発表した論文

 アメリカ生殖医学会の学会誌 Journal of Assisted Reproduction and Genetics 2023年1月号にPGT-Aについての論文を発表しました。

Preimplantation genetic testing for aneuploidy: helpful but not a first choice

Sachiko Ohishi and Tetsuo Otani




 

 

 

 

 








神戸の大谷レディスクリニックで長年PGT-A・SRにかかわっていました。

大谷では2004年よりPGTを行っており、多くの患者さんの貴重な治療成績が蓄積されていたのですが、学会などで発表しようとしても、産科婦人科学会の取り決めに反して実施している検査、治療については、日本ではどの学会でも発表する場は与えられませんでした。

そこで、英語で論文を書いて海外のジャーナルに投稿することにしたわけです。

共同執筆者も、指導してくれる研究者もなく、英語も書けない。not orthodox と言われたって何がorthodoxなのかも知らない、統計もわからない、孤立無援状態だったのですが、論文の査読をしてくれる海外の第一線の研究者の先生方がリバイスを通じて適切なアドバイスや提案をしてくださり、採用され発表することが出来ました。

日本ではPGTをしていなかったので、研究者もPGTのことを何も知らない、まともな討論にもならない中、非常に勉強になり素晴らしい体験をさせていただきました。


この論文の独自性は、

  体外受精を開始するときからPGT-Aを選択する患者さんがいたこと。

現在日本では産科婦人科学会の認可施設で学会の取り決めに従った形でPGTが行われているので、初回の体外受精からPGT-Aという選択ができるのは流産を繰り返した場合に限られます。

  移植の不成功を繰り返したのちPGT-Aを希望して来院する患者さんが大勢いたこと。

海外ではPGT-Aや卵子提供が行われておりこのような患者さんのデータはありませんでした。当時、大谷には10回も20回も移植しても出産できないという方が全国から集まってきていました。

  日本で唯一多くのPGTを行っていたクリニックだったので、胚盤胞作成、バイオプシ―、PGT検査に関するスタッフの熟練度は高く、技術的な精度が非常に高かったこと。

 

これらの点から、この論文は大谷でしか書くことのできない論文だったと考えています。

今後、この論文を中心にPGT-Aの有効性について考察していきたいと思います。

2024/06/01

卵子凍結の不透明 ③安心を担保できるのか

 未受精卵を保存するのと、受精して育った胚を凍結して保存しておくのとでは話は全く違います。 一般の方はその違いに気づいていない場合が多いのではないでしょうか? 

長年技術力の高いクリニックで治療成績を見続けてきた私の感覚では、若くて非常に成績の良い方でも、体外受精をすると、採卵20個、15個受精して胚盤胞まで10個育って、PGT-Aをすると5個が正常、2個が移植可能モザイク、そこまで育ててから凍結しておけば、2人~うまくいけば3人お子さんが生まれます。これはものすごく良い成績、ごくまれなケースです。

同じ条件の人でも、卵子凍結すれば、解凍時に失われる可能性も結構あるので成績は下がります。

未受精卵をたくさん凍結して安心だと考えていても、溶かしてみたら一つも受精しないで終わっってしまうということも普通に起こりうると思います。

年齢が高くなってから、凍結保存卵子を使おうとしたがうまくいかないとなると、そこから採卵しても年齢の影響が大きく、出産は難しくなってしまいます。

条件が合うのなら(パートナーがいるのなら)胚盤胞まで育ててから保存しましょう。

うまくいかない場合に修正できる余裕が必要です。


東京都が今年2月に行ったアンケートでは、30歳代の女性の14.5%が卵子凍結を実際に検討している、27.1%がこれから検討したいと回答しています。(東京都 LINEアカウントアンケート調査)

実際に東京都の助成制度を利用して卵子凍結を行った女性へのアンケート調査結果でも90%以上が30代の女性でしたが、目標とした希望凍結個数と実際に凍結できた卵子の数の差は大きいようです。

   



希望者が多いという理由で卵子凍結の補助金を出し続けていたら、子供は生まれなくなってしまいますよね。

行政の支援も、女性の妊娠・出産のリズムに反し、個人の妊娠の問題を将来に先延ばしにする、結果の不透明な卵子凍結に費用をかけるのではなく、結婚・妊娠・子育てが女性の人生の障害にならないような社会の実現のために投資をしてほしいと思います。

そもそも、補助金制度を設けても、卵子凍結には数十万から数百万の自己資金が必要、通院の負担も大きいです。その大きな負担を負うこともできない厳しい立場に置かれている女性も沢山いることも考える必要があるのではないでしょうか?

卵子凍結の不透明 ②技術の有効性

 卵子凍結は将来の出産を保証することができるのでしょうか? 

日本産科婦人科学会の動画 ノンメディカルな卵子凍結をお考えの方へ – 公益社団法人 日本産科婦人科学会 (jsog.or.jp) をご覧ください。

日本産科婦人科学会がアメリカの生殖医学会のガイドライン(Fertility and Sterility®Vol.No.1)から作成した図です。

採卵時の平均年齢、26~36歳、3日胚移植の結果です。1個の凍結卵子当たり出生率は4.5~12%、決して高くはありません。




採卵時の年齢の影響も考える必要があります。

採卵時の年齢が36歳未満では20個の卵子を保存すれば70%の人が出産できる可能性がありますが、36歳以上になると20個以上いくつ卵子を保存しても40%の人しか出産できません。




海外の例では採卵時の年齢が36~38歳の卵子凍結をした女性のうち80%の人は妊娠せず、妊娠した人の中で凍結卵子を使って妊娠した人は5.2~7%に過ぎませんでした。凍結した卵子の9割以上は使用されなかったとのことです。

日本でも、2015~2017年度に全国に先駆けて卵子凍結の公費助成を実施した浦安市では、事業終結後5年間で、卵子凍結をした34人のうち、凍結卵子を使用して出産したのは1人、7人が凍結卵子を使わずに9児を妊娠・出産したそうです。

今は子供を持つことはできないが、卵子を凍結しておけば安心、将来条件が整った時点で妊娠出産できる可能性は大きいと期待をする方は多いのかもしれませんが、今のところそれを証明するデータはありません。

自分はどのような選択をするべきなのか、ライフプランを考えていただくことは重要だと思います。

卵子凍結の不透明 ①導入の経緯

 東京都が昨年度、都内在住の1839歳の健康な女性を対象に、将来の妊娠に備えて卵子を凍結保存するための費用を最大30万円まで助成する制度を設けたところ、想定の7倍を超える申請があり、今年度は事業費を5億円に拡大し継続すると報道されています。山梨県、大阪府池田市でも同様の助成制度を始めるようです。

「出産とキャリアを両立する環境を整え、優秀な人材の定着を狙う」として、福利厚生の一環として卵子凍結の支援をする企業も出てきているそうです。

ノンメディカルな卵子凍結とは、疾患そのものあるいはその病態の治療により早期に卵胞閉鎖に陥るようなリスク因子を持たない、健康な女性が自然の加齢により妊娠することが難しくなっていくことに備えて、卵子を凍結することです。

私が気になっているのは、専門の医師の団体である、日本産科婦人科学会、日本生殖医学会は積極的に賛成をせず、懸念を表明しているにもかかわらず、行政主導で行われているという点です。

 20235月 日本産科婦人科学会は東京都に以下のような申し入れをしています。

 ノンメディカル卵子凍結に関する日本産科婦人科学会の考え方

1. あくまでも当事者の選択に委ねられる事項である。

2. 推奨しない。

3. 本会は、当事者女性、社会に対して正確な情報提供(動画)を行うことが必須。

4. 本会は、希望者は本会の動画を視聴し、その内容を理解・納得して行うかどうかの決定をすることを推奨する。

5. 卵子などの保存が、本会生殖補助医療登録施設と関係なく希望者と会社の契約というような形で行われ、医療者の手から離れる可能性があることについて十分に検討する必要がある。

 助成制度実施前の令和55月に東京都が行った調査では、ノンメディカルな卵子凍結を実施していると回答したのは87施設中36か所、実施していないと答えた51か所中5か所は開始予定がある、7か所は助成制度が開始された場合には行う、未定・検討中が15か所でした。

令和512月の卵子凍結への支援に向けた調査登録医療機関一覧では登録施設数は59となっています。

読売新聞が20241月に実施した日本産科婦人科学会に登録された617の体外受精の実施施設へのアンケート調査でも、回答を得た188施設中ノンメディカル卵子凍結を行っていたのは60施設(32%)半数近くは2020年以降に開始したと回答。

卵子凍結に賛成をしていなかったクリニックが次々に方針変更している状況が見受けられます。補助金が出ることで多くの需要があることを見越し、後れを取らないよう方針変更しているのではないでしょうか。

また、卵子凍結保管バンクを立ち上げ、多くのクリニックと提携して卵子保存サービスを提供するという事業を立ち上げた会社法人もあります。凍結保管体制が安定的に維持される点については評価しますが、営利目的で先行しており、危機管理(法令整備なども含めて)が疎かになっているように感じます。

2024/05/28

PGT Ⅲ. PGT技術の変遷②

 

前回分割胚期、Fish法でのPGT-Aでは効果が確認できなかったとお伝えしました。

その後、培養方法の進歩とガラス化法という画期的な胚凍結方法が開発され、バイオプシ―(胚からの細胞採取)は5日目か6日目の胚盤胞の時期に細胞を5~10個取るというように変化しました。胚盤胞まで育ててから細胞を取り分析をすると採卵周期に移植するのには間に合いません。バイオプシ―後、胚盤胞は凍結してPGTの結果が出るのを待ち、次周期以降に移植を行うという凍結胚盤胞移植に変わりました。

分析方法も精度の低いFish法から、染色体の部分的な増減を含め染色体全体を分析できるアレイCGH法、さらに次世代シーケンサーを用いたNGS法へと進化、それにつれてPGTの精度はより高くなっています。



 

凍結胚盤胞移植のメリットとしては、子宮の状態を見極めたうえで移植することができるので移植後の妊娠率を上げることができます。また、沢山の胚が取れても保存しておけるので、一度に複数個移植する必要はなく多胎妊娠のリスクを避けることができます。

 

今後もPGT検査はさらに進化していくと予想されます。現在はまだ精度が臨床使用できるレベルには達していませんが、細胞を取ることで胚を傷める心配のない、卵胞腔液(胚盤胞の中にある液体)や培養液を用いて検査をする方法の研究が進められています。この方法はni-PGT(非侵襲的PGT non-invasive PGT)と呼ばれています。

分析方法もより精度の高い方法に変化していくでしょう、将来的にはすべての遺伝情報を読む、全ゲノムシークエンス法になると予想もされています。

2024/05/24

PGT Ⅱ. PGT技術の変遷①

 1990年代初め、PGTが開発された当初は、重篤な遺伝性の病気をもつ子の出生を防ぐことが目的であり、性染色体劣性(X染色体潜性)遺伝病の発生予防として胚(受精卵)がY染色体をもつか持たないかを判別し、Y染色体をもたない胚を選択的に移植する、というところから始まりました。

ヒトゲノムに含まれる30億個の塩基対全てを解読するというヒトゲノム計画が始まったのが1990年、完了宣言が2003年ですから、遺伝子の配列を解読することは今では想像もできないほど難しかった時代ですね。

胚から採取した1個か2個の細胞の染色体を調べる方法として主にFish法が用いられました。Fish法とは、ある染色体の特定の部分のDNA配列にのみ張り付くことのできるプローブと呼ばれるDNA断片を蛍光標識してスライドグラスの上に潰して張り付けた胚由来の細胞と反応させ、目的とする蛍光シグナルが検出できるかどうかを判定するという方法です。

その後、Y染色体だけではなく、ダウン症の原因となる21番染色体、病気をもった子が生まれる13、18番染色体、X染色体などを調べればそのような症状を持った子が生まれることを避けられる。さらには、染色体異常による流産、移植後の着床不全なども防げるだろうと、調べる染色体の種類が増えていきました。また、PGTの目的も病気の子の出生を防ぐというものから、染色体の数的異常胚を排除することにより体外受精の成績を上げるというものに変化していきました。

Fish法は技術的に難しく、精度も低い、また24種類すべての染色体を同時に見ることは不可能で、一度検査を行った後プローブを洗い落として、再度別のプローブで検出するということが行われていました。

当時は培養方法も、凍結方法も、今ほど進んでいなかったので、3日目くらいの分割期の胚から細胞を1つか2つ採取して検査を行い、採卵した周期に移植をするという新鮮胚移植を行っていました。


これらの技術的な問題は大きく、当時すでにヨーロッパやアメリカでは多くのPGT-Aが行われていたのですが、2011~2013年ごろヨーロッパの生殖医学会で、PGT-Aを行うとPGT-Aをしない場合に比べて有意に出生率が下がるという研究結果が発表され、世界に衝撃が走りました。

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